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「バイクを巡る父とのバトル」をぶった斬る!

もしも自分の子供が未成年でバイクに乗りたいと言い出したらどうする?という話を妻としたことがあります。
妻はタンデムをしている以上、バイクに乗ることを否定できません。私も二輪の免許を持っている以上、否定できません。
率先して肯定できるかといわれると微妙です。節度を持って乗るのならば大歓迎です。

二輪免許を持っていない親元に住んでいる状況で、バイクの免許を取ることはとても大変なようです。
更にバイクを買って乗るとなると、親子バトルは避けて通れないかもしれません。
この度、ある方が「実家の駐車場にバイクを置く許可」を得る話を父に持ちかけました。
その時の議論があまりにもひどいと思ったのでぶった斬る!

【元ネタ】バイクを巡る父とのバトル

バイクに乗るにあたり、越えなければならない壁があります。
親の説得です。


二輪の免許を所持している親なら話が早そうです。
しかし、こちらの両親はどうやら二輪の免許を所持していなさそうです。

母は
「危ないことはしないでほしいけど、止めたら勝手にこそこそ乗るんでしょ。だったら目の届くところの方が安心」
といったスタンスなので、気にしていません。
とりあえず「安全運転するよ!ちゃんとプロテクタとかつけるよ!」アピールはしておきました。


子供のことを信頼している態度だと思います。

さて父。
「危険。どこかに行くなら車でいいじゃないか」
という考え方。とにかく反対。何が何でも反対。教習所通いも反対されました(勝手に通いましたけど)。
説得には時間がかかります。
この親父頑固者。折れない。引かない。負けを認めない。
乗っても良いよとは一生かかっても言いそうにありません。
しかし私も頑固者。意地を通そうと思ったらこの勝負、引いたり手を緩めたら負け。
実際一回負けてるので、今回は自分の意志を通さねばなりません。


乗り物は移動手段という考え方なのでしょう。運転する楽しさを知らない発言だと思います。
また、バイクが危険という主張ですが、車も危険、いまどきは徒歩ですら危険です。
電車に乗っていようが、飛行機に乗っていようが、絶対安全な乗り物など無いのです。

しかし目的は「乗ることを認めさせること」ではありません。これが最良ではあるのですが。
今回の真の目的は「実家の駐車場にバイクを置く許可」を得ることです。
無理なら公共の置き場でも借ります。


今回の議論の目的は「実家の駐車場にバイクを置く許可を得ること」です。
実は、以降の議論では本題に触れることができていません。
終始、バイクに乗る/乗らないの議論になっています。

前提
兄、私、妹の三人兄妹
我が家は車二台所有

条件
・早々に立ち去られるのを防ぐために逃げ場の少ない時(見るテレビもなく後は寝るだけ、という時間)
・見栄っ張りなので引けなくするために家族がいるところで(兄妹がリビングにいる)
・次回持ち越しなんてしない、決着をつけるという意志のもと


逃げられては議論になりませんものね。

私「バイク買おうと思うんだけど」
父「……」←無視
私「……買うんだけど」
父「……」←無視
私「……無視するなら黙認と認めるで」
父「ダメ」


無視されては議論になりません。
「反論が無ければ承認とみなす」実によいやり方です。
このように言えば、相手は反論しないわけにはいきません。

私「何で!」
父「悪いことだから」


何が悪いことなのでしょうか。この話の流れから判断すると、「バイクを買うことが悪い」と言うことになります。
世界中でバイクを乗っている人たちがいる状況の中、「バイクを買うことが悪い」となると、この世界はなんと悪人だらけなのでしょうか。
バイク便の皆様、郵便配達の皆様、新聞配達の皆様、お気を悪くしないでください。

私「何が悪いん!法律に接してない限り『悪い』ってのは言われへんやろ」


「法律に反していなければ悪くない」という考え方はどうでしょうか。
法律に反していなくても悪いことはあります。例えばモラルやマナーの問題です。

父「法律なんて最低限のことやろ」


そもそもここは法律の議論をする場ではありません。

私「だいたい良い悪いって誰が決めるん」
父「世間」
私「今の発言は世間ちゃうやろ。自分の偏った考え方やろ!」←このあたりでイラっときて私泣き始める。でも口は休めません。


世間というのは父の意見のことではないのですか?
父が良い悪いと決めているのではないのですか?

父「原発を見てみ。絶対安全って言われてて、いざ爆発とかなっても何の対策も打てない。法律違反じゃないことが良いことではないやろ」←この論点のすり替えが本当に腹立つ
私「原発はかんけいないやろ!原発が規制されることはあっても、バイク規制はないやろ!一定の支持を得てるんやから」


法律に反していなくても悪い事例を言っているようですが、これは議論のすり替えです。
大きな話を持ち出すことで議論を大きくしようとしています。
おそらく相手のペースに巻き込まれないためにしたのでしょう。
しかし、今ここでの議題は「バイクを購入する」ことのはずです。
いえ、本来ならば「実家の駐車場にバイクを置く許可を得ること」を議論したいはずです。

父「世間の目はそういう風に見ないよ。たとえば同僚が『僕の娘が最近バイクに乗ってるんですよ』って言ったら『最近は女の子も乗るんだね』ってにこやかに返すけど、腹の底ではそんなもんって思うよ」
私「そうやってその娘さん見下したように、私のことも見下してんのやろ」


世間というのは父の意見のことではないのですか?
父が「腹の底ではそんなもん」って思っているのではないのですか?
個人攻撃は憎しみしか生みません。

父「そんなわけないやろ。自分の娘やで」←この「そう言うつもりじゃないよ」感が実に腹立たしい。完全に「そんなわけ」のくせに


とっさにフォローをしていますが説得力がありません。

私「今の発言はそういう意味やった!たとえば兄さんが乗りたいって言っても反対したわけ?」
父「そりゃ反対するだろうけど…若葉は一応女の子なんやで?」


男女差別です。

私「そこが古いんじゃ!今私は自分で稼いでる。自分の意志で買える、乗れる。良い悪いで判断せんといて!」


私もそう思います。

父「そもそもなんでバイクなんか乗りたいん。うちには車だってあるし、恵まれてるやろ」


さすがにマズイと思ったか話題転換します。議題はバイクに乗りたい理由です。
しかし「バイクなんか」という発言には棘があります。バイクに対する偏見が見え隠れしています。
また、「車だってあるし、恵まれてるやろ」という発言はどうでしょうか。
これも議論のすり替えです。今はバイクの議論をしているはずです。
クルマがあるからバイクに乗らなくても済むという理屈が通るはずがありません。
なぜなら、バイクそのものに乗りたいからです。

私「私は外に行きたいの。バイクを楽しみたいってわけじゃなく、足が欲しいの。出来るなら一泊とか、そんなのがしたいの」


ここは惜しいです。
バイクじゃなきゃダメなんだ、ぐらいの勢いで主張したほうが良かったでしょう。
「バイクを楽しみたいってわけじゃなく、足が欲しい」という主張ならば自転車でもクルマでも良いことになります。

父「そもそも今までそんなこと言ったことあるか?」


今言っているのです。
また、仮にいままで言ったことがあったとしてもまともに議論したのでしょうか。

私「いっつも帰り遅いあんたに言うことなんぞ無いわ!」


やはり議論する機会が無かったようです。

父「それこそ車でいいやろ」


やはりそう来ますか。もしそういうのであれば、
父にはクルマは良くてバイクがダメという理由を論理的に説明する義務があります。

私「車じゃ出来ないことってあるやろ。少なくとも教習中から車に乗って楽しいと思ったことは無いけど、今教習は楽しいです!そら車も乗るよ。でも車は私のものじゃない。私は独占欲が強いから私のものは私のもので線引きしたい」


クルマでは出来ないが、バイクでは出来ることとは何でしょうか。
事例を考えて見ましょう。

バイクはクルマに比べて小さい乗り物です。
バイクでは細い道に迷い込んだとしてもなんとかなりますが、クルマでは難しいでしょう。
そのため、バイクはクルマに比べて自分が行きたいところへ行きやすい乗り物であると言えるのではないでしょうか。

また、ここでは運転する楽しさについての比較をしています。
自分が運転していて楽しいのはクルマかバイクか。少なくともバイクのほうが運転していて楽しいのです。

ここで自分の足が欲しいということをさらに強調します。
自分所有の乗り物が欲しいのです。しかし、バイクには限定していません。

父「じゃぁ一台名義変えたらいいやん」
私「それはおさがりでしかない。私が選んで、これに乗りたいって思ったのに乗りたいの」


どうしてもクルマでカタをつけたいようです。

父「じゃぁ車買えばいいじゃん」
私「どこに置くんじゃ!そもそも車に乗りたいわけじゃないのに車を買う意味がわからない」


バイクの購入について議論していたのにクルマの購入にすり替わっています。
バイクじゃなきゃダメなんだ、ぐらいの勢いで主張したほうが良かったことが悔やまれます。

父「バイク乗ってる人は車も好きやろ。車で物足りないからバイクに乗るっていうなら分かるけど」
私「そんなん限って無いやろ!ATは楽しくないけどMTは楽しいって人はいると思う」


バイク好きの人はクルマ好きという価値観を主張していますが、果たしてそうなんでしょうか。
もしそれが本当なら日本は六輪族が多いでしょう。しかし現実は二輪人口が減っているのです。
これは二輪に対して興味を持つ人口が減っていることを示しています。
クルマでさえも人口が減っているのです。

クルマは好きだけどバイクは嫌いと言う人もいます。
したがって、バイク好きの人はクルマ好きという方程式は成り立ちません。

父「足に使うのが目的やったら電車でもいいやろ」


それは自分の足とは言いません。
では、父よ、あなたはクルマを降りて電車を使うのですか?
是非、家の前まで線路を引いてください。

私「たとえば駅から車で15分のラーメン屋に食べに行きたいのに電車で行けと?」
父「駅から徒歩5分のラーメン屋を食べに行ったことも無いのに。実際に行ったこともないのに、じゃぁなんでいきなりバイクに乗って行きたいってなるん?たとえば今まで電車とか車で外に出てて、次はバイクってなるならわかるけど」


バイクだからこそ出かけたくなるのです。
街乗りにおいては、バイクのフットワークの軽さはクルマの比ではありません。

私「今までしたこと無いからしないじゃ何も出来んわ!やりたかった!でも私はそれより金を貯めたかった!優先順位の問題やろ!」


したかったけどできなかった理由を主張しています。
父の発言は新しい挑戦を妨げるものです。

父「車よりバイクが良いって言う理由は?」


議論のすり替えです。
クルマとバイクの良し悪しについて議論をしたいのではありません。

私「車は外界と隔絶されてるけど、バイクは近いやろ。車で出かけるより、バイクなら出かけてる途中も楽しめると思ったの」


ここで父の罠に引っかかってしまいます。本当はここで質問返しをするべきでした。
つまり「クルマよりバイクが悪いっていう理由は?」という質問を返すことで、父に立証責任を押し付けるのです。

父「リスクが高いやろ。宝くじさえ賭博って嫌う若葉がなんでそんなリスク高いことしたがるん」


不適当なたとえ話です。リスクを負うのはクルマの運転手であってもバイクの運転手であっても同じはずです。

私「それこそ悪魔の証明やろ。危険度はそら車の方が低いやろうけど、私にとっての見返りがそれだけ大きいと思った」


悪魔の証明=無いものは無いということを証明すること。
「リスクが高い」といっていますが、何と何を比べてリスクが高いと言っているのでしょうか。
ここでの前提はクルマとバイクの比較です。したがって、「クルマよりもバイクのほうがリスクが高い」ことになります。
父に「なぜクルマよりもバイクのほうがリスクが高い」のかを立証させたいところです。

父「そもそもなんでバイクなんて乗りたいとか言い出すん。またマンガとかの影響ちゃうん?」
私「違うわ!だいたい影響の無い人生なんかあるか!私が今の仕事してるのも何かの影響やし、兄が大河ドラマ好きなんも何かの影響、妹が嵐好きなんも何かの影響やろ!影響し合うから楽しいんやろ!!」


「バイクなんか」という発言に棘があります。
バイクに乗りたいきっかけは何でも良いのです。
そのきっかけは父には関係ありません。

父「何に影響されたかは知らんけど、想像と現実とは違うで」

私「違うかもしれへん。けど知らんから知りたいんやろ。乗ったこと無い人が言うセリフちゃうわ」


どう違うのでしょうか。父よ、あなたは二輪免許をお持ちですか?
バイクに乗ったことはありますか?バイクの楽しさ、リスク、想像と現実の違いを理解していますか?
もし理解していないのであれば、その発言はとてもいい加減で、子供の可能性を摘み取ることになります。
自分で稼いで、自分で教習所に通って、自分の意思でバイクに乗りたいと主張しているご自分の娘を失意のどん底に叩き落していることに気がついてください。
そのうち、娘が寄り付かなくなります。

父「お母さんはどう思う?」←ここでもう一息だと確信する
母「えー、危険なことはしてほしくないけどなぁ…」


父、ジリ貧。

私「安全運転するし、保険だってちゃんと入るし、防御もするよ」


是非、ゴールド免許を目指してください。

父「そんな危険な行為をする若葉とは思ってないよ」←このわかってるよ感がほんっとうにうっとおしい


信用しているのなら黙って見守っていてください。

既婚者の場合、子供の誕生を境にバイクから降りる人がいます。
特に女性の場合、妊娠をきっかけにバイクを降りざるを得ない状況になります。
今だからこそできることだってあるはずです。それなのに、この父親の態度は何でしょう。

日本や世界のバイク乗りを敵にまわす発言、娘の信用を失墜させる発言を繰り返しています。
本当に娘の身を案じているのなら個人攻撃をしないでください。
自分の意見を世間の目でごまかさないでください。

自分の子供が何か新しいことをはじめたいと言ってきたら、
快く全面的にバックアップするのが親の姿ではないでしょうか。

バイクに乗っていたからこそ経験できたこともあります。
私は31歳で普通二輪免許、普通自動車免許(MT)、大型二輪免許を順番に取得しました。
遅咲きライダーなのです。しかし、普通二輪免許取得後、格段に行動範囲が広がりました。
普通二輪免許をとる前の私はインドア派でしたが、二輪免許取得後はアウトドア派に大変身を遂げました。
普通二輪取得直後の私は・・・

・近くにあるスーパー銭湯へバイクで行きました。
・山梨県の身延山へバイクで行きました。
・大雨の中、長野県に住んでいる友達の家へバイクで行きました。
・大学のOB会では、埼玉県にある母校へバイクで行きました。
・長崎県の実家へバイクで行きました。
・絶対に最後まで走りとおすぞ!という根性が身につきました。
・妻と知り合い、結婚することができました。

もちろん、バイクに乗っていて怖い思いもしたことがあります。
しかし、それを差し引いても、乗ってよかった!という気持ちでいっぱいです。

結婚してから新たにバイクを買いなおし、私生活が変わりました。

・休日の生活が規則正しくなりました。
・私と妻の体力が上がりました。
・妻のウェストが引き締まりました。
・妻はタンデムでバイクに乗るようになってから、バイク乗りの気持ちが理解できるようになりました。
・普通車を運転している際に、バイクの行動予測ができるようになりました。
・普通車のみのときに比べ、出かける回数が増えました。
・風を肌で直接感じることができるようになりました。
・クルマは目的地に移動するための手段に過ぎませんでしたが、バイクは乗ることそのものが楽しみになりました。

あげていったらきりがありません。このくらいにしておきましょう。

さて、バイクに乗るもうひとつの狙いがあります。それは震災対策です。いざとなれば妻とタンデムで避難します。
東日本大震災をはじめ、阪神淡路大震災においては、二輪車の活躍が目立っていたようです。
東日本大震災の際には、津波から逃れるため、家族3人でバイクに乗り、高台に避難したおかげで、一家全員が助かったという事例もあります。
移動手段は多いほうがいい。いつどこで何が役に立つかわかりません。
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テーマ : バイク
ジャンル : 車・バイク

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Author:無糖ブラック
傭兵プログラマ。コーヒーカップを片手に仕事をしています。
珈琲大好き。インスタントはエクセラ。コーヒーは無糖ブラックアメリカンを1日5杯以上。
麺類大好き。旅先ではご当地ラーメンを食べるのが楽しみ。
お酒大好き。旅先で珍しい焼酎を見つけるとつい買っちゃう。通販では買わない。
煙草大嫌い。禁煙席の常連。


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